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被加虐悦の虜

寝ても覚めてもいやらしいことばかり妄想している性倒錯夫婦です。スカトロSMプレイがないと生きていけない二人です。彼も私も超ハードなサディストでありマゾヒストな上、スカトロジストという超変態男と超変態女が出会ってしまいました。二人だけの人間性を捨て去った淫蕩で破廉恥極まりない日々を綴ります・・・

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1独身の頃の私はとても引っ込み事案で恥ずかしがり屋でした。でも反面、性欲だけは異常に強くて、毎日のオナニーだけは小学生の頃からずっと欠かすことはありませんでした。

上の写真や絵はほとんどがネットでひろったものです。高校生の頃の制服を着た私、リビングで転げながらオナニーする私、誰もいない早朝や深夜、裸になって屋外を徘徊する私、実際高校の頃、好きな男の子の家の前でオナニーしたこともあります。

ひとり暮らしを始めた大学生の時、あるウェブサイトで見つけたオナニーグッズに心惹かれ、怖かったけど思い切ってネット購入しました。それらは期待以上に私を発情させるものばかりでした。私はオナニーグッズで性の悦びの深さを知ったのです。

夜は、ベッドの上ばかりでなく自室のトイレやリビング、玄関ホールなど色んな場所で壊れた獣のようになって悶え狂い、昼間も、秘部にバイブやローター類を装着したまま外出し、イケナイ1人遊びに興じる桃源郷のような日々が始まったのです。

いつの間にか、バイブやローターなどのアダルトグッズは、私にとって大切な必需品になっていました。それと同時に、妄想癖がありエッチな白昼夢に浸るのが大好きな私は、過激な愛の形を描いているレディコミの世界にもあっという間に惹き込まれていきました。

ミニスカ姿で自転車に乗る子は、ちょうどその頃の私によく似ています。大好きなセイイチにストーカーされていることに気づかず、毎日悶々とイケナイひとり遊びを続けていた頃の私なんです。その頃のセイイチは、恥ずかしい格好で出歩く私をたくさん隠し撮りしていたのです。

セイイチが隠し撮った私の写真はどれもキレイに撮れていて嬉し恥ずかしい限りなのです。忘れもしないあの日、セイイチが私を初めてデートに誘ってくれたんです。そして夢にまで見たセイイチとのオーラル愛を交わし合う事ができたのです。セイイチの舌が這いまわる感触に、狂ってしまうほど感じたのです。
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WS0000062.jpgその翌日には、アブノーマルな激しいセックスでセイイチと初めて身も心もひとつになったのです。激しいオナニーですでに処女ではなかった私は、全身性感帯の全身を責められ、恥も外聞もなく悶え狂ってしまいました。それ以来、完全に男性(おチンポ)の虜になってしまいました。

オナニーグッズとエッチなコミック本の収集は、セイイチと知り合い、恋人、そして夫婦という関係になった今でも、私(と彼)の密かな趣味のひとつになっています。私の中に恥ずかしいマゾヒスティックな悦びが目覚めたのは、そんなイケナイ趣味によるところが大きいと思います。

夜の私は、エスカレートする一方の破廉恥行為に舞う娼婦そのものでした。昼間は大好きな露出着を着て、ミニの奥のパンティをちらつかせドキドキしながら感じている露出狂女でした。毎月愛読していたレディコミの中に「露出プレイ」というものがありました。地味な女性が愛する男性に導かれて、次第に露出度の高い服装でデートを重ねる内、見られる悦びに目覚めてしまう、というストーリーでしたが、そんなことばかり妄想していました。

ここでは書き表せないほどもっと過激で倒錯したストーリーものもたくさんあって、レディコミによって私の性欲は過激さに拍車をかけていったのです。いつの間にか、淫らな思いで溢れ続けていた私の心の中は、妄想の世界の中だけでは収まらず、次第に外見の変化となって現れるようになりました。

ひとり暮らしでの普段着や通学着は元々エッチなものが多かったのですが、ミニスカートの裾は次第に短くなっていきました。上着もエロかわいいキャミソールやタンクトップに代わり、その胸元も徐々に大きくカットされたデザインのものに変化していったのです。
WS0000063.jpg露出度はそれに留まらず、透けてしまうほど薄い生地のものを好むようになり、下着類もより薄く、より小さく、より大胆なデザインのものに変化していきました。マニアックなデザインのパンティラインを薄い生地のミニスカートから透かせたまま外出するような真性の露出狂女になっていきました。

勿論、初めからこんな過激なことができる私であるはずがありません。きっかけは、オナニーグッズと過激な性愛を描いた愛読書が私にもたらした、ほんの些細な変化でしかありませんでした。でも露出する悦び、イケナイ遊びに興じる悦びを知ってしまってからの私は、明らかに変わっていきました。感情的には顔から火が出るほど恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないのに、性の悦びがそれを次第に上回るようになっていったのです。

特にセイイチと付き合うようになってから、本来の被虐淫乱性が開花し、真の性愛の悦びに目覚めた私は加速度的に変わって行きました。それはまるで醜いサナギが美しいチョウに変態するかの如くでした。セイイチと淫靡な恋人関係になって半年ほど経った頃には、マニアックなランジェリーを身につけた裸同然の裸体を麻縄やゴム縄で自縛し、その上に派手な露出ファッションで身を飾り、股間から熱い愛液を溢れさせながらセイイチに体中を視姦されるのが楽しくて仕方がない、そんな性熟しきった女性になっていました。

セイイチとのデートでは、頬を上気させ、体中を熱く震わせ、濡れた視線を宙に遊ばせ、セイイチの私を見る視線に陶酔し、喜悦し、いつも股間を濡らしているのです。そんな私のヘンタイ露出狂のようなメスネコぶりをセイイチはとても喜んでくれました。勿論私自身も、ずっと妄想でしかなかったイケナイ振る舞いをやってしまっている事にすごく興奮し、毎日がまるで天国のようでした。

そんなアブノーマルな性の悦びが深まれば深まるほど、それに比例して、この世に生きることそのものの歓びも深く大きくなっていきました。そしてそれは当然の帰結としてセイイチへの愛の深さにつながっていったのです。セイイチも私も性欲が異常なほど強く、性の悦びに悶絶し続けることへの願望と憧れがとても強いのです。そんな二人が出会い、真の愛に目覚めた時、性愛の深さも単なる肉体的な悦びに留まらず、心そのものが悦び震える深遠な性の悦びを知ってしまったのです。

一人の時よりも二人で得られる性の悦びは比較にならないほど大きなもので、しかも際限がないのです。お互いがお互いに与えることのできる性の悦び、愛の歓びの深さには、本当に底知れないものがあります。結婚した今でも、二人の愛は、際限なくエスカレートしつづけています。

もちろん、あれほど恥ずかしがり屋だった私が、一朝一夕でこれほど変貌できるはずもなく、当然それなりに時間がかかりました。ひとつひとつの小さな変化さえも私にとってはものすごい冒険でした。例えば、ミニスカートの丈を数cm短くするのに、既成品をわざわざ切って短くしていたのですが、それは私にとってはものすごく大きな勇気を必要とすることでした。

でもその時の私は綺麗なスカートを切ってしまうことの怖さやめんどくささよりも、より過激な露出プレイを渇望する気持ちや体中がゾクゾクするような甘い期待感の方が勝っていたのです。それはやはりセイイチと出会ったことがひとつの大きなキッカケでした。セイイチに見られたい、セイイチの視線を感じたい、という強烈な願望が他のどの感情よりも勝っていたのです。

初めて短く切り詰めた超ミニスカートをはいた時、小さな事件がありました。超ミニスカートの刺激はやはりその時の私には強すぎました。回りの視線の強さがそれまでとは全然違いました。翻るスカートの裾廻りに突き刺さる視線に私は激しく動揺しました。男性の方は必ずと言っていいほど私を一瞥します。女性の視線は複雑な感じがしました。

同性の場合、白い軽蔑するような視線と憧れのような視線が入り混ざっていました。さすがに耐えられなくなった私は、道の隅っこを隠れるようにして歩きました。顔を上げることができませんでした。心臓はドキドキしっぱなしでどこを歩いているか全くわかっていませんでした。

その時でした。真下からの強風によってミニスカートが派手にめくり上がったのです。そこは歩道脇に設置されていた地下鉄の排気口でした。白い恥ずかしいショーツが丸見え状態でした。私は一瞬パニックになり、頭が真っ白くなったまま、必死で裾を戻しました。

その場から小走りで逃げ去りながら、体中が羞恥で真っ赤になるのを感じました。そしてそれと同時に抑えようがないほどの愉悦感で体中が包まれていくのを感じたのです。乳首が尖り、クリトリスが膨張し割れ目から飛び出し薄いショーツ地を突き上げるほどに勃起したのです。小走りでかけ歩く度に、ノーブラの乳首はキャミソールの下で激しく上下し、大きくなった肉芽はショーツ裏で擦り上げられました。

目の周りの景色がピンク色に染まり、股間は熱い粘液で濡れそぼリました。駆け込んだトイレでは、全身に湧き上がる悦びで、体中に湧き上がる小刻みな震えがしばらく止まりませんでした。ショーツに入れた手のひらには体がブルブル震える度に熱い愛液がオシッコのオモラシのように噴きかかりました。

そう、私はその日、初めて知らない人たちに恥ずかしいところを見られて、甘美極まりない連続アクメに達してしまっていたのです。外出している最中に、恥ずかしいアクメに達し逝ってしまったのは、その時が初めてでした。

その時の性の余りに深い悦びは、私を完全に露出悦の虜にしたのです。それほど強烈で狂おしい快楽だったのです。そして同時に、見られて感じてしまう恥ずかしい自分自身の性癖をはっきりと自覚するようになったのです。中でも私の体に突き刺さるセイイチの視線は特別で、セイイチの姿が見えなくても体がセイイチの視線を感じることからセイイチが近くにいることがわかってしまうほどでした。しかもセイイチの視線はただ感じるだけでなく、私の体に一瞬にして火をつけてしまうのです。

セイイチの視線は私をどこまでも狂わせます。セイイチとの視姦プレイで何度逝ったかわかりません。何もされていないのに、見つめられるだけで逝ってしまうんです。セイイチの目の前で自ら派手にスカートをめくり上げ、セイイチの視線を体中に感じるだけで激しく逝ってしまうのです。セイイチと出会ってそんな恥ずかしい体になったことを思い知らされるだけで、とても幸福感を感じるのです。

言うまでもなく、私の衣装類、少なくとも下着類はすべてセイイチに見てもらうためだけのもので、とてもマニアックで恥ずかしいデザインのものばかりなのです。そんなセイイチとの運命的な出会いは、大学の時でした。

見られる悦びを感じつつ無自覚だった中学時代、はっきりと露出悦を感じていた高校時代を通じて続けていた新体操は、大学に入ってからも続けました。元々運動神経はいい方ではありませんでしたので競技としての新体操部には入りませんでした。もうひとつ愛好会のような体操部がありましたのでそっちの方に入部しました。新体操部ではないので当然男子もいて、ちょっとドキドキしたのですが、思い切って入部したのです。

それにはそれなりの理由がありました。ひとつはやはり見られる快楽から逃れることができなかったからです。異性の視線に私の体を晒すのが大好きな一方、恥ずかしがり屋で引っ込み思案な私・・・私って、とても矛盾しているのです。

もちろん中学、高校の頃は男子といっしょの練習は絶対無理だったはずです。でも女子大生になってからの私は、ひとり暮らしを始めた開放感も手伝って、男子と同じフロアで練習する体操部に思い切って飛び込んだのです。

もうひとつの理由は、気になる男性が体操部にいたからなんです。それは4年生の方でした。少し中性的で見た目のルックスはどちらかというと可愛い感じの人でした。でもスラっとした筋肉質の体に張り付いた体操着のパンツルックに私は魅せられました。

お尻が綺麗に盛り上がり、特に下腹部の前は他のどの男子よりも大きく盛り上がっていました。そんな彼を初めて練習場で見かけた時、体中に電気のようなものが走ったのを覚えています。それが最愛の生涯のパートナーとなるセイイチと初めて出会った瞬間でした。

WS0000064.jpg体操部に入部して、好きな床運動を始めようとした時、回りの視線が自分に集まっている気がして仕方がありませんでした。やはり大学のサークルは、高校時代とは違い、異性の視線はそれまで感じたことがないほど刺激的でした。大学生になってからの私の体は、毎日の過激なオナニーのためか、増々、妖艶で淫靡な女の体形になっていました。

毎晩自室の姿見の中でアクロバティックな体位で大量の潮やおしっこを撒き散らしながら悶え狂い、アクメ悦に興じている私のボディラインは、自分で見てもすっごくいやらしく興奮します。男性のたくさんの視線は、いつも私を興奮させ、大量の体液を溢れさせました。もちろん表向きには涼しい顔をして新体操の練習をする私なのです。

体に火がつくと、乳首と肥大したクリトリスはヒュッと固く尖り、全身が性感帯となってしまう体、女性ホルモン過多のためか白い肌は透き通り、四肢は細長く、バストやヒップは体操競技には向かない程に大きくなっている私の体は、まさに隠し撮りの格好の餌食でもあったのです。

そのことに気づいた私は、怖い気持ちもありましたが、それよりも気づかないふりをしてより大胆に演技することに妖しい悦びを感じるようになっていきました。大好きな床運動ですが、演技ははっきり言って下手です。でも体の柔軟性には自信がありました。

過剰柔軟体質でもある私の体はかなりのアクロバティックなポーズも可能です。中国雑技団も真っ青なほどです。隠し撮りの冷たいレンズに向かって、大胆なポーズをし、ついつい下手な演技に夢中になってしまうこともザラでした。

それを見た新体操部の顧問にスカウトされそうになりましたが、私ははっきりと固辞しました。私は時間や規則に縛られず、自由に好き勝手に体操の練習ができるその時の気ままな環境を手放したくはありませんでした。

そしてその時感じる視線、特に異性の視線にレオタード姿の体を晒すことは、想像以上の快感だったのです。もちろん見られている時は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないのです。体中が真っ赤になるくらい恥ずかしいのです。でもそんなことを繰り返す内に、その羞恥心、そのドキドキ感の中に甘い悦楽がどんどん膨らんでいったのです。

それからは、練習を重ねるごとにその快楽がどんどん膨らんでくるのを抑えることができなくなっていきました。特に気になるあの人の視線は私にとって格別でした。彼の視線は初めて出会った時に感じた電気のようなものをいつも私の体に感じさせてくれました。

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